2013年12月12日

シャケの採り方、およびユース選手との距離の取り方

 
 「キミたちのことはよくわかる。オレにはよ〜〜くわかるぞ」

と、いかにも物分かりのよさそうな柔らかな物腰で語りかけてくる大人たちがいた。

 ひぐまがまだ仔熊…いや、若熊だった頃、人間の年に直すとちょうどユースの選手…そう、オレがキミたちと同じくらいの年齢だった時分の話だ。
 早い話が「若きウェルテルの悩み」だ。「青春の蹉跌」だ。何か厄介な問題を抱えて壁にぶつかってしまい、行き場を見失ってしまったときに現れ、オレの心の奥底を覗き込むように、あるいは打ちひしがれている心に灯をともすように語りかけてくれた。
 若さとは視野の狭さとほとんど同義語だったのだろう。こちらの気持ちをわかってくれていると言っている大人たちに対してオレは思った。

 うぜぇ。

 素直に受け止められなかった。うざかったのに面と向かってそう言えない自分のアオさも嫌だった。
 そうして何もかもが混迷のまま解決策のひとつも見つからず、ただ過ぎゆく時間に身を任せているしかなかった。鬱々と。悶々と。

 要するにガキだったんだなと思う、今にしてみれば。

 「大人になるしかないんだ」

と思った。大人になれば、きっとうまくいく。そうに違いない。


 時が過ぎ、好むと好まざるとに関わらず経験を積み、オレは少なくとも見た目は大人になった。社会の中でどの位置にいるのかは相変わらずよくわからない。たぶんそう高い場所ではないだろうが、少なくともどん底ということはないだろう。少しは物を言える立場になった。言った言葉をそこそこは聞いてもらえる人もいる立場になった。だから、こんな大人になった今、目の前に若さゆえの悩みに苛まれている子がもしいたとしたら…。今度はオレがその子の側に立って言ってあげよう。精一杯の優しさで、包み込むように、いたわるように、温かい言葉のひとつでもかけてあげよう。コイツはあの日のオレ自身なのだ。時を経て少しばかりシワが増えた分、体毛が白くなった分、彼(もしくは彼女)が抱えている問題を解決させてやることはできないまでも、顔を上げて立ち向かっていける力となりうる言葉をかけてあげられるだろう。そう、今は時は流れ、オレはあの時の大人と同じくらいのトシになったのだ。なってからでないとわからないことがあるのだ…。

 「…全然わかんねぇ…」

 そうなのだ。まるでわからんのだ(決定)。今の若いモンたちの目に映るもの、考えていること、すべてがさっぱりわからない。これはどーゆーことなのだろう?オレわトシの取り方を間違えてしまったのだろうか。
 これではいかん(断定)。分別ある大人の知見を若い面々に示してやらねばならないのだ。皆聞け!悩める若者たちよ。このオトナのオレの声をまずは聞いてくれ!

 「いいか、鮭を獲るときは自分から獲りに行ってはいかんのだ。川の流れに乗って遡上してくる鮭をむしろ待ち構えて…」

 あ゛あ゛あ゛あ゛…誰も聞いてくれない(涙)。
 そんなにはっちゃきこいて前足を振ってわいけない。鼻先を水中に突っ込んでしまってわいけない。相手は鮭だ。懸命に尾びれを震わせて君のリーチからの逃亡を図るだろう。空腹だからと言ってそんなに荒っぽく振る舞っていてはチャンスを逸し…あら?捕まえた?…ありゃりゃりゃ…おいしそう…だねぇ…(検定)。


 うーーん。考えてみた。じっくりと。陽の光が入らない部屋で。TVも点けずに。自分が若かった…いや、幼かった過去のことを。そしてあの日オレに微笑みかけてくれたオトナの姿を思いだしてみた。
 そしてオレはオレなりの答えを見つけた。何度も何度も反芻してみたが、やはりこれ以外の答えは見つからなかった。

 「キミたちのことはよくわかる」

と、語っていたあの日の大人たちは、

 「実はな〜〜んもわかってなんかいなかった」

と、いうことだった。

 すまん!ムダにトシ食ってしまってすまん!そうだったのだ。オレは何ひとつキミたちのことなどわかっていないし、あの日のオトナたちも多分わからないままに「わかったつもり」になっていただけだったのだ。騙された。ってか、みんな騙されているんだきっと。オレがそうだったのだからたぶん他のオトナ姿の人たちほぼ全員がそうなのだろう(認定)。

 ユースの試合のピッチサイドで応援みたいなことをしている大人たちはみぃ〜〜んな揃いも揃ってそんなダメ大人たちだ。これは胸を張って言える(決定)。自分を含めた彼らは誰一人、かつ何一つ君たちのことなどわかってはいない(確定)。何か大きな勘違いをしている根っからの阿呆どもが集まって赤黒の布切れをブン回して応援(らしきもの)をしているに過ぎない。

 試合となるとどこのだれが頼んだわけでもないのに連中はゾロゾロと集まってくる。遠征に出て、キミたちですらどこにいるのか判然としない街にさえ平気でやってくる。どう見たってカレンダーが黒字の日でも何人かはいる。そしてキミたちの名を呼んでいる。特にあのぽっちゃりのおばさまたちが。しかも親兄弟でも義兄弟でもないくせに苗字ではなく名だ。名前だぜ。時にはチームメイト他数人のみが知る秘中の秘であるニックネームを口にすることさえある。どこから仕入れたのか?「アキオ(仮名)走れ!」「シゲル(仮名)、中見ろ!中だ!」「負けるな!サトル(仮名)負けるな!」「いいぞ!ナイスシュート!タッキーィ!(仮名)」試合が終わると拍手だ。時には相手チームにエールも送り、「こっち来ないかなぁ」という見え見えの顔でキミたちが挨拶に来てくれるのを待っている。なんという連中だ。いくらなんでも図々しいにもほどがあるではないか。
 オレを含むあの連中の頭の中はこんな風に応援(みたいなこと)をすることによって、キミたちが平常時以上の力量を発揮してくれるものと信じてきっている。追いつくはずのないルーズボールに追いつき、決まるはずのないシュートを決め、超人的なセーブで味方の危機を救ってくれ、最後は小気味よい変態技の連打連発で決まって勝利すると信じている。まったくおめでたくかわいそうな白痴同然のお節介な連中だ(特定)。

 ここで書く。オレが思う「ユース選手との距離の取り方」とは、むしろキミたちの方に主眼がある考え方である。自称「サポーター」との付き合い方と言い替えてやってもいい。

 来る日も来る日も練習に明け暮れ、ユニフォームに身を包み実際にピッチを駆け、相手と競り合い、泥まみれになりながらもボールを相手ゴールへと運んで行くのはキミたちの仕事だ。その結果として勝利の喜びや敗戦の失意やドローの生煮え感を味わうのもキミたちだけの特権だ。自分を含むあのおかしなビョーキにかかっている連中はもはやキミたちのようなプレーなどできっこない。走れねぇ。競れねぇ。蹴れねぇ。サッカーボールが意外に堅い物質であることさえ知らない。ゴール裏で応援(らしきこと)をしていて、シュートが飛んできてボカンと命中し「枠ぅーっ!」と叫んで失神するのが関の山だろう。後は勝とうが負けようが(あるいはドローに終ろうとも)酒場でまだキミたちが法律上口にすることができないサッポロビールで「カンパ〜〜イ」とやるのだザマアミロ。そのために連中は生きている。そうとも。連中は別の生き物だ所詮(認定)。

 だから、キミたちはあの連中(オレ含む)のことなど何ら気にしなくてよい(断定)。ただ「また余計な連中が来てやがるゼ」ぐらいに思ってくれればいい。ウォームアップ中でも試合中でも自分のことを呼ぶ声が聞こえてきたら気まぐれにそっちの方を向いてニコッとしてやるぐらいでいい。それで連中は益々カン違いを募らせて大満足する。「相手にしてもらえた」と狂喜乱舞するのだ。実に単純な奴らだ。

 ただ偶さかにそういうやり取りを目にした相手チームの選手たちが「札幌はチームとサポーターが一つになっている」と驚愕することがある。自分たちで勝手にやりにくさを感じ、普段の動きが封じられ、気がついたら札幌が大勝しているなんてこともある。たまにだがこれは本当にあるみたいだ。

 そうしてキミたちは成長していく。やがて何人かはプロになり、うち何人かはこんな辛気臭いクラブを見捨ててJ1の強豪チームや海外へと扉を開いていくだろう。五輪代表や日本代表に定着する選手も出てくるかもしれない。もちろんそうはならない人の方が多いだろう。いつの日かボールを蹴ることからキミの生活が放たれる日が来る。大学を卒業してからか、就職を機にか。早いか遅いかの違いでしかない。それをキミたちは何ら恥じることはない。札幌ユースで仲間たちと流した汗と涙は、やがて豊かな川となってキミたちの人生を運んでいく。行く先々でキミたちなりのきれいな花を咲かせてほしい。
 本当にキミたちのことを支えてくれた人への感謝を忘れるのは人としてどうかと思う。監督、コーチにチームメイトはもちろん学校の先生や友人たち、とりわけ両親への深い感謝の気持ちを抱かない奴はちょっとこっちへ来なさい。噛んでやる。が、少なくともユースだった頃にぎゃあぎゃあ騒いでいた連中のことなどはきれいさっぱりと忘れてほしい(限定)。オレは心の底からそう願っている。


 何年か後、前述のような大出世を果たした選手がいるとする。オレたちが差し入れたバナナを食べ(最近この実験は終わった)、オレたちの声援で栄光への階段を駆け昇っていったキミだ。あの日「ひぐまさんのためにゴールしました!」と汗にまみれた笑顔が眩しかったキミが、何かの折で札幌を訪れる。今では髪を染め、両手に腕時計を光らせ、サンダル姿で悠々と空港やドームの階段を歩く。人々は畏敬の視線を送り、警備員に促されてキミの進路を空けていく。「スター選手」の典型的な光景がそこにある、。
 オレが偶然にもそこに居合わせたとしたら、相変わらず馴れ馴れしく「よぉ!一希ぃ(仮名)」と声をかけるだろう。満場の視線を浴びて「オレはこの子をガキンチョの頃から見ているんだぞ」と、いかにも得意気に鼻高々に振る舞うことだろう。

 キミはオレに気が付く。そこで返す言葉はこれしかない。

 「熊に知り合いはいません」

 


posted by higuma at 16:06| Comment(0) | TrackBack(0) | スポォツ系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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